~始発駅から~
使い古された表紙にはミツウロコのマークが入った青い紙テープが貼ってある。
気仙沼小学校そばの気仙沼公園の仮設住宅にいた漁業の仕事をしていたおじいちゃんが貼ってくれたものだ。
このノートには出会った方々から頂いた手紙や写真などが厚みのある束となって挟まれてゴムで巻いてある。
古い日記や写真のアルバムの間に紛れさせ目に入らないようにしていたこのノートを取り出した。
そこに数年間置いていても一度も気にならなかった。敢えてその存在を忘れさせようとした。それなのに今、掃除機を立て掛けた瞬間、背中が引かれる力を感じ気になって視線を送る。
あのノートだ…。
一度はそこを離れたが、気になった…
仕方がない。
この勘を見過ごすと他のことが上手く回らなくなるのを過去から体感していた。
「分かっているのに遠廻りをするの?」と
囁く声が上がってくる。
いつかは…来る、今来たのならどうする?
今見過ごしたらいつかはどんな風にやって来るのか?
ノートに背を向け問いかける。
ただ振り返り直視すればいいのだ。
覚悟を決めた。
何年ぶりだろう、息を吸って吐いて…。
よし!と身をただし、手紙や写真を一つ一つ目の前に広げてみた。
ノートを一枚一枚繰っていく。
どこで、どんな景色で一文字一文字を記していたのか、ペンを持って走り書きしている私がそこにいた。
インクの擦れや、なぐり書きした文字に視線を落としていくと…
急に私を取り巻く風景が変わり、その時へと戻っていった。
彼らたちと会話をしていた。
声が聞こえてくる。そして瞳が見えてきた。奥の奥まで見えてくるようだ。
彼らたちとあの時の風景の中にいた。
私ははっきり自宅の一室にいると分かっている。
大丈夫、私はここにちゃんといると感覚がある私もいる。
いつからかこのノートを隠すように仕舞い込んで、彼らたちのところへも距離があいたここ数年。
経済的に逼迫し会いに行けなくなったという事実はあるが…。
それだけではなかった。
あちらへ通うたびに彼らたちに会いに帰るのが故郷に帰ったみたいで純粋に嬉しかった。
故郷がない私にはここが親戚だらけの故郷に感じていた。
繕うこともなく素直な自分をあたたかく迎え入れてくれた。
ただ彼らたちに会いたかった。
そんな気持ちで帰っていたのに、記録をとっていくというをしている、もう一人の私がいた。
それは、いつももう一人が必ず頭の上から覗いている。
そして言うのだ、
わたしがやっていることは誰のためにやっているの?
わたしのやっていることは誰かに褒めてもらったり賞賛されたいだけじゃない?
自分満足してるだけでしょ?
そうやっていつも黒い覆いを被せてくるのだ。
つづく
ten-maru-chan
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